募金日記

自分のできる範囲で動物達の力になれることがあればやっていきたいです。

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「もう飼えないから」という理由だけで安易に保健所にペットを持ち込む人がいます。
「捨てたら近所に迷惑がかかる」「野良として苦労させてまで生きさせるのは可哀相」
など、それぞれの思いや事情があってのことだと思われますが、
保健所は決して安楽死させてくれません。
数十分も無酸素地獄のガス室で、苦しみ悶えながら死んでいくのです。

しかし動物の安楽死は、時には保護活動家さんでさえ苦渋の思いで
決断されることがあります。
私が以前見た記事では、虐待されたのか車に轢かれたのか、
鼻から下顎にかけて激しく砕かれた猫の写真がありました。
保護活動家さんは決断の末、動物病院で麻酔薬の大量投与により安楽死させたとのこと。
見送る時は、かなりお辛かったものと思われますが、私の素人目から見ても
原型をとどめないほどの酷い怪我の状態で、息も絶え絶えなその姿は、
もし生きられたとしても長くはないだろうということと、
顔半分を修復不可能なぐらい損傷してしまったの状態では、
食べ物の摂取も、息をすることも辛そうなのはすぐにわかりました。
本人の為にも、楽な世界に行かせてあげたのかも知れません。

よく保健所にペットを持ち込む人の言い分で「私だって辛いんです!」と
言う人がいるらしい。安楽死のお金もかけずに保健所に預けて、人任せで
ペットの命と引き替えにできるほどの「辛さ」って何でしょうか。
もしくは「保健所の人だって好きで殺しているわけではないのです」などと
開き直る人もいるらしいです。保健所の職員は、委託された動物を自分の職務として
処理しているだけなのは、誰もがわかっています。
問題は「そこに連れ込んだのが自分」だということなのに、まるで保健所の職員に
責任を転換して人ごとのようにしたいのでしょうか。
ましてや保健所に連れて行けば誰かが貰ってくれるかも、なんて虫のいい話などありません。

保健所に連れて行かれる時、動物は勘で「人生の終着駅」だということがわかるといいます。
ガス室で窒息により痙攣を起こして、苦しみ抜いて息絶えた動物達は、
まとめて麻袋に入れられ、焼却炉でゴミのように焼かれます。
自分の親や子供だったら、そんな最期を迎えさせて平気でしょうか。

可愛いペットのことを本当に思うなら、あらゆる手を尽くして欲しい。
それは安易に保護団体や保健所に預けて里親が見つかることを簡単に祈るんじゃなく・・・
(愛護団体も一定の預かり期間を待って里親さんが現れない場合は
保健所に処分させることがあります)
その先に待ち受けているのは、苦痛に満ちた死しかないのですから・・・

そして、本当に本当にそれでも無理だと決意され、虹の橋に見送るしか手段が
ないと言うのなら、最期はせめて楽に逝かせてあげて欲しい。
人任せにしてペットが苦しむ所も見ずに、遺体も見ることもなしに立ち去るのではなく
自分の手で責任を持って病院で安楽死させ、安らかに眠ったペットの顔を見ながら、
その体を棺に入れて見送る。もちろん、ペットを愛しているならかなり辛い場面で
あることは間違いなしです。
でも、それがペットに対する最後の敬意と愛情ではないかと思うのです。

最期までそのぐらいの覚悟や責任を持てない人間は、
中途半端に命に関わる資格はないものと思います。
死ぬところを見るのが辛い、と飼い主が言うならば、苦しみながら独りぼっちで
死んでいったペットはもっと辛いんです。
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